即興演奏家の榎です。私は2009年から東京藝術大学音楽学部作曲科に在籍していましたが、まだ即興演奏をほとんど知らなかった頃にフランス留学を思い立ちました。その経緯を綴っていこうかと思います。

パリ国立高等音楽院を目指す

当時は音楽界の知識もほとんどありませんでしたが、海外の音楽学校はただ一校知っていました。当時大流行していた漫画「のだめカンタービレ」で舞台となるパリ国立高等音楽院(Conservatoire National Supérieur Musique et Danse de Paris)です。ここに進んで、何か出会いを見つけられないか、と期待して受験対策を始めます。

受験対策に当たって、学校を決めたのは良いものの、何科に行くかという問題がありました。作曲科は自信がありませんでしたし、ピアノにも自信がありませんでした。ただ、私は和声や対位法、特にフーガを書くのが大好きだったため、エクリチュール科を目指すことにします。先生にはチェンバロ科も勧められましたが、エクリチュール科なら今の実力ならほぼ確実に入学できるだろうという自信がありました。まずフランスに行くことが何より大事だったため、チェンバロ科はやめました。

パリ・国立高等音楽院のエクリチュール科とは次の5つから成る科です。

和声・対位法・フーガ・ルネッサンス様式の多声部書法・近現代書法

このうち3つを5年以内に修めることで卒業することができます。とくにフーガは絶対修めたい!と期待して、受験対策をします。

受験対策

受験対策は、エクリチュール科入学のための勉強と、フランス語の勉強の二本立てで行いました。両方とも藝大のフランス人の先生に直接頼み込んで習うことができました。藝大からパリ国立高等音楽院を目指す人は年に数人いますので、その人たちにも相談に乗ってもらったり、近況を共有しながら受験対策をします。

フランスは学期始まりが9月で、入試は大体2月~3月に行われますが、エクリチュール科は5月と遅く、友達の合格の知らせを聞くと、嬉しい気持ちと焦りの気持ちがわいてきたのを今でもよく覚えています。

エクリチュール科入学のための勉強は、主にバッハのコラールを片っ端から暗記することと、Jean-Claude Raynaudの和声の教科書の課題を片っ端から実施することによって行いました。

バッハの380のコラール集は、80曲くらいは覚えたかと思います。

フランス語は、DELFもしくはTCFという試験でB1レベルに合格する必要があります。

B1というのは、ヨーロッパ言語の共通の規格で、次のようになっています。

易 A1→A2→B1→B2→C1→C2 難

英検や仏検で言うところの3級がA1に相当し、準2級がA2、2級がB1、準1級がB2、くらいのレベル感です。合格点が100点中50点となっており、問題の難易度は英検や仏検よりも難しく感じることでしょう。

パリ国立高等音楽院では、B1が必要とされます。B1の資格を決められた日までに提出できなければ試験に合格できたとしても、その後退学になってしまいます。

これも、フランス語の先生のおかげで、なんとかクリアすることができました。

入試旅行

5月の入試に向けて、2週間ほどのフランス滞在をしました。この滞在はトラブル続きで上海の空港での旅行費用全額の入った財布の紛失(現地の方の連携プレーによって無事戻ってきました)や、パリ到着時ホテルの予約が無効にされており、歩いて片っ端からホテル巡りという事態になってしまいました。

日本では考えられないようなホテルでした。部屋中に蜘蛛の巣が張っていて、シャワーは壊れており、トイレは公共トイレのみで形容しがたい汚れにまみれ、もちろんwifiは通じないという始末です。ただし、1晩は20ユーロ(当時のレートで約2000円)という破格の安さで、シャワーが直った後も3000円で泊まることができました。

エクリチュール科の試験は2回あり、一次試験は8時間、二次試験は11時間、個室に閉じ込められそこで課題を実施することになります。試験は長いので、食事や毛布や枕など、電子機器やノート類でなければなんでも持ち込んで構いません。学内の試験には最大17時間(6:30〜23:30)のものまであります。

一次試験は選択制で私はずっと勉強していたバッハのコラールを選びました。これに関しては自信があったため、昼ごはんも持参せずに1時間15分で課題を終えそのまま帰宅しました。フランスの試験は終わればいつでも退室可能です。

二次試験まで時間が空いていましたが、さすがにこのホテルに暮らすのは不可能と思い、以前パリに来た時に演奏会のチケット売り場で雑談していたフランス人の方にメールで助けを求めました。すると、知り合いの方を紹介してくださり、そこにホームステイすることができました。

フランス人の気質なのか、仲良くなったら、どこまでも親身に助けてもらえます。私もその好意に甘えっぱなしではありましたが、そのおかげでなんとか生きていくことができました。

二次試験は11時間フルに使って終え、合格発表の日までドイツにいる友達のところへ旅行に行きました。

合格発表はいたってシンプルで、学内の掲示板に名前が張り出されているのみです。なんともあっけない表示方法ですが、ここに名前があるかないかで今後5年以上の住む国が変わると思うと、なかなかの重みがありますね。

なお、ピアノやヴァイオリンといった実技の試験は、試験が終わった日に口頭で合格者の発表があります。その後、審査員の講評を聞くこともできます。こちらはなかなか緊張感がある合格発表です。

合格後

合格後は受験中よりもよっぽど忙しくなります。フランスで住むための準備として、家探し、学生ビザの取得、銀行口座の開設、学生の登録、携帯電話の取得など、することは山ほどあります。

学生ビザの取得のためにはフランスの住所が必要で、フランスの住所のためには学生ビザが必要で、

とか、

家を契約するには銀行口座の開設が必要で、銀行口座の開設のためには家の契約が必要で、

などのジレンマが本当にたくさんあります。

これらの膨大な手続きをこなすための鉄則は、とにかく人に頼ることです。

人に迷惑をかけずに生きていくというのは特に海外では不可能ですから、困ったらすぐに人に助けを求めて生きていくのが最も大切なことだと学びました。

人に頼ることができずに手続きがうまくいかず退学したり、帰国している人を何人も見てきました。

このような経験があったので、いま人に頼られることがあったら、私を助けて頂いた数多くの人たちを思い出して、親身に助けていこうと思っています。このような助けの連続がずっと留学生たちを支えているわけですね。

なお、入学したのちに習った和声の先生は、即興演奏を専門としており、その縁のおかげで2年後に即興演奏科にも在籍することになりました。当初の目的であったフーガの授業は一度も受けることなく卒業しましたが、今ではエクリチュールよりも即興演奏のほうに主軸をおいており、「何か出会いを見つけられないか」という期待が見事に叶えられたことになりました。結果的にフランスに留学したことは非常によい選択になったと思っています。