ロマン派というと、クラシック音楽の中でも特別に人気の高いジャンルではないでしょうか。ショパンやリストなどの甘く美しい旋律や、煌びやかなテクニックに憧れてピアノを習い始めたという方も少なくないと思います。

 そして、そのように人気があるからこそ、YouTubeなどにアマチュアから有名ピアニストまで非常に多くの演奏がアップされています。


 前回(古典派編)で申し上げたことの繰り返しになりますが、参考に音源を探すのであれば、慎重に選ぶ必要があります。適当に探して聴き慣れてしまうと、後になって「なんだ、この曲はこんなふうに弾く必要なかったんだ〜」と思ったり、巨匠の演奏を聴いてはじめて「こんなに良い曲だったのか!」と衝撃を受けることもあるでしょう。そのためにも曲に取り組むなるべく早いうちから、良いピアニスト、良い演奏を知っておくことが望ましいです。

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執筆者紹介

ピアニスト 大瀧拓哉(Otaki Takuya)

新潟県出身。ドイツ国立シュトゥットガルト音楽演劇大学大学院修了。アンサンブルモデルン・アカデミー(フランクフルト)修了。パリ国立高等音楽院第三課程現代音楽科修了。

2016年フランスで行われたオルレアン国際ピアノコンクールで優勝。フランス、イタリア、ブルガリア、日本、韓国などで多くのリサイタルや音楽祭に出演。

大瀧拓哉の映像レッスンとオリジナル執筆教材は、フォニム ピアノカリキュラムの6ヶ月目・7ヶ月目で好評配信中。
また、ピアノ講座で提出されたホームワーク演奏へのアドバイザーも務めています。
※アドバイスは複数人のチューター陣が担当しています。
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ホロヴィッツ Vladimir Horowitz

 ロマン派のピアニストの代表格といえば、伝説のピアニスト、ウラディーミル・ホロヴィッツといって良いでしょう。楽器の鳴らし方を極限まで理解していたホロヴィッツは、他の誰とも似ていない独特な音色と、心を鷲掴みにするような強烈な歌い方、雷のような轟音まで、恐ろしいほどに幅広く、魔的な表現力が特徴です。

リスト 葬送

リスト ハンガリー狂詩曲第6番

ショパン ノクターン ホ短調

 あまりに強烈かつ個性的なため、ホロヴィッツの演奏をそのまま真似しようとすることはオススメしません…。しかし、ロマン派を演奏する上でのエッセンスや楽器の鳴らし方など、ホロヴィッツから学べることは多いでしょう。何よりも、この時代の音楽の魅力を最大限に伝えてくれる、偉大なピアニストだと思います。

シフラ György Cziffra

 伝説のリスト弾きと言えばこのピアニスト、ジョルジュ・シフラです。現代の若いピアニストをも凌駕するほどの恐ろしい超絶技巧は、否応なく人々を魅了する力があります。

リスト 半音階的大ギャロップ

シフラというとこのようなサーカス的な超絶技巧に注目されがちですが、ショパンのワルツのような小品でも、まるで19世紀前半のヨーロッパのサロンを彷彿とさせるお洒落でロマンティシズム溢れる演奏が非常に魅力的です。

ショパン ワルツ


リヒテル Sviatoslav Richter

タイプの大きく異なるリストの演奏を紹介します。ロシアの巨人、スヴャトスラフ・リヒテルのリストの超絶技巧練習曲より“夕べの調べ”です。


リスト 超絶技巧練習曲より“夕べの調べ”

ホロヴィッツともシフラとも異なり、ベートーヴェン後期の作品かのような宗教的な厳かさを持つ曲と演奏だと思います。非常に深みのある音色とドラマティックな盛り上がりが魅力的です。

アラウ Claudio Arrau

クラウディオ・アラウはチリ出身で、ドイツを中心に活躍したピアニストです。アラウの演奏も、ホロヴィッツやシフラと異なり、外向的な華やかさよりも、深く沈み込むような感情と宗教的な深みが特徴です。ロマン派の作品は華やかさや、甘美さに気を取られがちですが、そのような表面的な部分でなく、心の奥深くから湧き上がってくる、崇高な感情表現もあるということに気付かされます。落ち着いた大人の思慮深い演奏を聴きたい方にオススメです。

リスト 孤独の中の上の神の祝福

ショパン ノクターン

フランソワ Samson François

サンソン・フランソワは20世紀前半に活躍したフランスのピアニストです。直情的といえる演奏をするピアニストで、まるで即興演奏のように、今この場で生まれたかのような生命力と豊かな感情の溢れる演奏を聴かせてくれます。必ずしも楽譜通りに弾くわけでもなく、あまりに自由奔放な演奏ではありますが、次の瞬間何が起きるかわからないスリルと、作り物ではない生の人間らしい心の声が聴こえてくるかのようなその表現は、ダイレクトに聴く者の心を捉えてくれます。

ショパン ノクターンop.48-1

フォーレ ノクターン第6番

ギレリス  Emil Gilels

“鋼鉄のピアニスト”と呼ばれたエミール・ギレリス。ラフマニノフなどではその輝かしい音色と幅広いダイナミズムで迫力ある演奏をしています。

ラフマニノフ 前奏曲op.23-5

しかしその豪快さだけでなく、シューマンなどでは甘く非常に繊細な音色で、ホール全体に響が充満するかのような、素晴らしい演奏も聴かせてくれます。ロマン派の時代の“心”が聴こえてくるかのような演奏だと思います。

シューマン アラベスク

アルゲリッチ Martha Argerich

シューマン ソナタ第2番

シューマンは“フロレスタンとオイゼビウス”という架空の2人の人物を作り上げて、創作活動を行っていました。その2人は端的に言うと“静と動”であり、全く異なる人物がシューマンという1人の中に入っていたと言って良いと思います。

そのようなシューマンの特徴を演奏で見事に示しているのがこのアルゲリッチの弾くソナタ第2番です。激情的に突き進む場面と、次の瞬間に突然空想に浸る場面の極端な二面性はまさにシューマンの目指した音楽だったのではないでしょうか。

この演奏も、アルゲリッチ特有の凄まじいテクニックは誰にも真似できないレベルなので、そのまま真似をするのは要注意…。そのエッセンスを学び、取り入れてみて下さい。


ポリーニ Maurizio Pollini

ショパン エチュード

マウリツィオ・ポリーニと言えば“完璧主義者”と呼ばれることが多いピアニストです。特に若い頃は1音たりとも逃さないような、全ての音に強烈な意思のある、存在感の強い演奏をしていました。感情に溺れず、無駄な贅肉を極限まで省いたスタイリッシュなこのショパンのエチュードは世界中に衝撃を与え、今でも名盤としてよく知られています。

その他の名演奏

まだまだ紹介したいピアニストはたくさんいるのですが…キリがないのでこの辺で。まだ興味がある方は、次のようにYouTubeで検索してみて下さい。(是非カッコ内のように原語で調べてみて下さい!)

ミケランジェリ ショパン (Michelangeli Chopin)

コルトー ショパン (Cortot Chopin)

ラフマニノフ (Rachmaninov plays Rachmaninov)

ソコロフ ショパン (Sokolov Chopin)

ツィメルマン ショパン (Zimmerman Chopin)


ここまで全て聴いていただけたらお分かりいただけるかもしれませんが、時代的には古いものであればあるほど、よりテンポの揺らし方など、自由さを感じることが多い傾向があり、現代に近づくとよりしっかりしたテンポ感と明快な音色になっています(“傾向”なので、必ずしもそうではありません)。どちらを好むかは人それぞれだと思います。しかし20世紀前半のピアニスト、またその流れを汲んでいるピアニストはより作曲家の伝統に近いので、そのような演奏を知っておくことは、より深くクラシック音楽を学ぶ上で参考になると思います。

同じ作曲家の演奏でも、ピアニストによって実に様々なタイプの演奏家がいるということがお分かりいただけたと思います。特にロマン派の作品は“感情”や“心”を前面に出して表現することがより多いので、その感情を楽譜からどのように感じ取り、どのように表出するか、もしくは感情よりも曲の構成を優先するか、など、ピアニストの美学によって表れるものが大きく異なります。是非たくさんの名演奏を聴いて、違いを楽しんでください。