ショパン作曲の「バラード1番」をご存知でしょうか。日本では3回ブームが訪れました。1度目は日本では2003年に公開された「戦場のピアニスト」の中で使用されたとき。2度目は2010年にフィギュアスケートの浅田真央選手がエキシビジョンに用いたとき。そして、3度目は2014年から2020年まで同じくフィギュアスケートの羽生結弦選手に用いられたときです。今回の記事では、この人気の高い名曲「バラード1番」を見ていきましょう。

バラードとは

バラードというと、ジャズやポップスなどで、ゆったりと美しい旋律を歌う楽想のことを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、古くは中世ヨーロッパで盛んに作られた詩の形式のひとつを表す言葉でした。

詩の形式としてのバラードは、英雄譚や、神話を語るものが多く、特に恋愛が取り上げられていました。

今回取り上げる「バラード1番」はショパンが26歳のときの1836年に作曲されました。ショパンの短い人生の中でも比較的初期にあたる作品です。ショパンはこの詩の形式のバラードから着想を得て作曲をしたと言われています。

また、ショパンは生涯で4曲のバラードを作曲しています。第2番は1836年に、第3番は1841年に、第4番は1842年にそれぞれ作曲されています。どれも優美に歌う楽想と、激しく感情を揺さぶるような楽想が一つの曲の中に何度も交代して出てきており、8~12分ほどの曲でありながら、壮大な一つの物語のように濃密な音楽となっています。

ショパンの4曲のバラードは後世の人にも大きな影響を与え、バラードが音楽の1ジャンルとして確立することになりました。

衝撃の序奏

「バラード1番」でなんといっても特徴的なのは、衝撃的な序奏です。この序奏はたった7小節でしかもほとんどオクターヴで動いており、極めてシンプルです。それでありながら、曲の中にある物語の壮大さと悲劇を暗示するとともに、優美な旋律も登場し、曲の魅力が凝縮されています。

音楽ホールにいるところを想像してください。この第一音めのC(ド)の音が、重々しく会場に鳴り響くと、誰もが金縛りにあったかのように動きを止め、ピアノの音だけが空間を支配することでしょう。

この序奏は、技術的には何も難しいところはなく、ピアノ初心者でも少し練習すれば弾くことができるほど単純ですが、その音に内包される物語を表現するためには並々ならぬ集中力が必要となり、とくに冒頭のオクターヴはいかに熟練したピアニストでも非常に緊張してしまいます。

静かな第一主題と、様々な顔を見せる第二主題

衝撃的な序奏のあとは、穏やかな第一主題が始まります。穏やかと言っても、鼓動にも似た規則的なリズムが支配しており、緊張感のある部分です。

この第一主題は曲の中で3回登場します。3回の第一主題は、先に進むにつれて緊張感を増していきますが、それでも穏やかであることは一貫しています。

1回目の第一主題が終わり、激しいパッセージの後、今度は明るく優美な第二主題が歌われます。

伴奏も極めてシンプルで、非常に簡素な主題となっています。この第二主題も曲中3回登場しますが、2回目は勝利の雄叫びにも似た輝かしい部分、3回目は目まぐるしく動く伴奏の上で歌う、いかにもロマン派らしい充実した音楽になっています。

この曲は、穏やかながら緊迫感のある第一主題と、優美で様々な顔を見せる第二主題が軸になってできており、物語に芯を与えています。

意図的な不協和音

ショパンの特徴ともいえる意図的な不協和音がこの曲には多く登場します。ショパンはどちらかというと美しさや優美さといった印象を持つ方も多いかもしれません。それはショパンの一面としては間違っていませんが、一方で人間の持つ生々しい感情を表現する作曲家でもあります。作曲家がそのような人間の感情を表現するのによく用いるのが強烈な不協和音です。

ピアノで不協和音を作る最も簡単な方法は、(黒鍵も含めて)隣の鍵盤を同時に弾くことです。これは短2度(あるいは増1度)と呼ばれ、非常に不協和な音です。

ショパンは3回目の第二主題で、変ロ音とロ音(シ♭とシ♮)という普通は共存しない音を同時に弾くという大胆な音を用いています。

このように、一つの和音に同じ高さの音符があるというのは滅多に起きないので、出版社はこの音符を書くのに苦労したことでしょう。

隣り合った鍵盤はかなり強烈な不協和音ですが、さらに不協和に聞こえる和音があります。

それは、隣り合った鍵盤をオクターヴ離して演奏することです。たとえば、ミとファは隣り合っていますが、そのファを1オクターヴ上げて弾いてみてください。非常に厳しく、痛々しい音が鳴ることでしょう。

これは短9度とよばれる非常に不協和な音程です。

そんな不協和音をショパンはこの曲で何度も用いていますが、とくに有名なのが、序奏の最後の和音です。

このレ・ソ・ミ♭・シ♭という和音は、レとミ♭が短9度で鳴り、あまりにも不協和です。

この和音は議論を呼ぶほど不協和で、校訂された楽譜ではミ♭がレに変更されているものもあります。ショパンの自筆譜は明らかにミ♭で誤解の余地は全くありませんが、それでも変更されてしまうほどの不協和音ということですね。なお、ショパン自身による変更という説もありますが、現代では通常ミ♭の不協和なほうで演奏されることが一般的です。

変更された版でも、このように注意書きがされています。どちらを採用するかは演奏者次第ですね。

不協和の記憶

この序奏の不協和音は聴いている人に鮮烈な印象を与えますが、その不協和音がふと頭をよぎるシーンが楽曲の終盤に訪れます。3回目の第一主題に入る直前のパッセージの変ホ音(ミ♭)です。

緑色で囲った部分は、序奏の不協和音と同じレ・ソ・シ♭・ミ♭で成り立っています。このミ♭は少し不思議な感じがして、神秘さとともに何かちょっとした違和感を覚えるかもしれません。この違和感は懐かしさのようなものも感じます。これは、序奏で強く印象付けられた和音から出てくる感覚で、物語の伏線としても非常に巧妙に成り立っていることがわかります。

なお、序奏でミ♭ではなくレに変更した版ではこの部分も変えられているのが一般的です。

こちらは違和感もなく普通に聴くことができますが、一方であっさりしてしまっているようにも感じます。繰り返すようですが、どちらを採用するかは演奏者次第です。

バラード1番を弾こう

技術的に難易度が高い「バラード1番」ですが、ショパンの魅力が存分に発揮されて、ピアノの能力も最大限に活かされています。内容が非常に充実しており、クラシックピアノを練習している方なら、一度は取り組んでみたい曲でもあります。最後の2ページ、Presto con fuocoからは右手も左手も跳躍が激しく、音も複雑なので、目が足りない!となってしまいます。また、速いパッセージの中に和音がたくさん登場するため、音のバランスも難しく、その中から旋律を見つけるのも困難です。

ただ、この部分を除けばアルペジオや音階といった基本的な技術の組み合わせで成り立っています。

モーツァルトのピアノソナタをどれか一曲でも完成させたことがある方なら十分挑戦できるほどの力はあると思います。ピアノに自信が付いてきたと思ったらぜひ挑戦してみてください。