ピアノで弾きたい曲・聞きたい曲ランキングを作ったら、必ず上位に挙がるショパン作曲の『幻想即興曲』を見ていきましょう。この名曲はどのように生まれたのでしょうか。そして、弾きたいと思ったらどのような練習をすればよいのでしょうか。それをこの記事で見ていきましょう。

遺言に反して出版された作品

多くの作曲家がそうであるように、ショパンも完璧主義者で、自身が満足いった作品しかこの世にだそうとしませんでした。

やはり、何かを作り出そうとするからには、自身にとって渾身の作品のみを歴史に残したいと思うのは自然なことだと思います。

また、駄作が世に出てしまうと、自分の実力がその程度という世間の目にさらされることになります。ですから、練習として書いた曲(「習作」といいます)や、うまくいかなかった曲というものは、隠しておきたくなるものです。

一方で、後世の人は偉大な作者の人生・思考・生活・行動など、すべてを知りたくなるものです。ある種の神格化と言ってもよいかもしれません。

『幻想即興曲』は、まさにそのせめぎ合いの渦中にあった曲だといえます。

『幻想即興曲』は、発表されてから現在に至るまで、ショパンの代表曲として多くの人々に愛された曲ではありますが、ショパン自身はこの作品を出版することを望まず、世間の目に触れることなく焼き捨てるように遺言していました。おそらくショパンにとっては出版するほどの価値のない曲と思っていたのでしょう。

しかし、ショパンの友人であるユリアン・フォンタナは、ショパンの遺言に反して焼き捨てるように言ったうちの多くの曲をフォンタナ自身が多少手を加えて出版しました。

初版の表紙。ショパンの死後に出版されました

『幻想即興曲』はその筆頭の作品です。

ショパンが出版しなかった多くの曲の中でも、フォンタナは特に『幻想即興曲』の価値を見出し、焼き捨てるには忍びないと思ったのでしょう。なお、先ほどから使っている『幻想即興曲』(Fantaisie-Impromptu)というタイトルも、フォンタナが付けたものです。

ショパンが最も信頼した友人であるフォンタナがショパンの遺言を裏切ったわけですが、世界の音楽愛好家たちにとっては、偉大な功績ということもできます。

なお、焼き捨てるように言ったにも関わらず作品が残ってしまうのはよくあることです。逆に親族でさえも遺言に従って焼き捨ててしまったら、世間の激しい非難にさらされるでしょう。作曲者が自作品を焼き捨てる確実で唯一の方法は、本人の手で焼くことですが、意外と本人でさえ焼くのには躊躇するものです。このような事情があるので、フォンタナを非難することはできないというのが私の考えです。

3:4のクロスリズム

『幻想即興曲』の特徴は何と言っても左手が6連符、右手が十六分音符で、異なる二つの速さが混在していることです。これをクロスリズムといいます。

6連符と十六分音符が美しい譜面です

このリズムをしっかりと習得する必要があります。

片手ずつ練習し、軽々弾けるようになったとしても、なかなか両手にしたときにうまくいかないことが多いリズムです。また、なんとなく両手で合わせて弾けている感じがしても、実際にはリズムがでこぼこしていた、ということになってしまいがちです。

クロスリズムの練習

それでは、実際に3:4(4拍3連)のリズムの練習をしてみましょう。

まずは、ゆっくりと左手は左ひざを、右手は右ひざを、次のようなリズムで叩いてみましょう。

上の方(青い方)が右手で、下の方(赤い方)が左手です。

表の方で見てみると、分かりやすいかと思います。このように、12拍の、1,4,7,10拍目を右手が叩き、1,5,9拍目を左手が叩くと思って、この1拍の刻みを感じると、綺麗にこのリズムをとることができます。

語呂合わせで、

こーんなタンメン好きー-

とリズムをとるのも楽しい方法ですね。

いずれにせよ、このように、

ターンタタンタンタターン

というリズムを身体に馴染ませていきます。

何度も何度もこのリズムを繰り返し、少しずつ速くしていきましょう。両手で一つのリズムを叩いている感覚から、右手と左手が独立して違う速さで一定に刻んでいる感覚に変化してきます。この感覚を大切にしましょう。

この3拍4連を幻想即興曲の上に重ねるとこのようになります。

このようにゆっくり作った3拍4連を使って、幻想即興曲を練習していきましょう。

頭の中では、

ドーーソソーラードソーー

と歌います。

正確な3拍4連で幻想即興曲を弾くと、音の粒が波のように押し寄せてきて聴衆を別世界に引きずり込むような魅力があります。

手の形に沿った音形

ショパンは「ピアノの詩人」の異名を持つ作曲家で、生涯のほとんどの作品がピアノ独奏曲です。また、ショパン自身も優れたピアニストで演奏会もたびたび行っていました。

そんなピアニストとしての才能が、作曲にも活かされています。

人間の手は力を抜いて自然に机の上に置くと、親指と小指を支えにして、中指が高くなるアーチ状になります。これをピアノの上で行うと、親指と小指が白鍵、人差し指・中指・薬指が黒鍵にくると自然な形になります。

そして、手のポジションを移動するときは、親指を支点にすると自然です。幻想即興曲はそのような人間の構造にピッタリあった音形になっています。

たとえば、黒鍵の音符に赤く色をつけて、親指の運指のみを書いてみると次のようになります。

右手には23個の白鍵で弾く音符がありますが、そのうち12回は親指で弾いています。

また上の段の2小節では、手を広げるときの支点として親指を使い、下の段の2小節では親指は指をくぐらせる支点として親指を使っています。

これはピアノの書法としては本当に見事で、弾くときに無理な指の形にならないという合理性もありますが、何より弾いていて楽しい!とピアニストが清々しい気分になれます。

わかりやすい形式

「即興曲」(Impromptu)と「幻想曲」(Fantaisie)のどちらも、多くの作曲家が書いている伝統的な曲名です。そして、どちらも形式が自由で、気まぐれな曲となっています。

ところが、ショパンの書く「即興曲」はどれも三部形式となっており、この曲も例外ではありません。(なお、「幻想即興曲」は前述のフォンタナの命名で、もともとは「即興曲」でした)

三部形式とは簡単に言えば、

ABA

の形をとる形式のことで、AとBは対照的である必要があります。幻想即興曲は聞けばすぐにABAであることがわかります。短調で激情的なAと、長調で穏やかなBというわかりやすい形式は、曲を俯瞰的に聞くことができるため、初めて曲を聞く人にとっても親しみやすさを感じることでしょう。

そして、曲の終わりでは、Aの部分が伴奏となり、Bの旋律が左手で奏でられます。このような粋な演出も魅力的です。

幻想即興曲を楽しもう

『幻想即興曲』はショパンが25歳と若いころの作品で、ショパンにとっては満足いかなかったのでしょうが、細かいところまでしっかり考えて作られている名曲には違いありませんから、ぜひいろいろなピアニストの演奏を聞いたり、演奏にチャレンジしてみたりしてください。

レベルとしては、ベートーヴェンの初期~中期のピアノソナタを一曲完成させたことがあれば、十分に挑戦できる実力はついていると思います。