誰もが知るピアノ曲といえば真っ先に出てくる、モーツァルトの「トルコ行進曲」をみていきましょう。

この曲は「ピアノソナタ11番」の3楽章となっています。有名な曲ではありますが、なぜモーツァルトがトルコ行進曲を書いたんだろう?とか、どこら辺がトルコ風なんだろう?とか思ったことはありませんか?そのあたりをしっかり解説していきます!

トルコ音楽の大流行

モーツァルト(1756-1791)はザルツブルクで生まれ、ウィーンで活躍した作曲家ですが、なぜトルコの音楽を書いたのでしょうか。

トルコ行進曲は1783年に作曲されたという説が有力ですが、実はこの時代、トルコ風の音楽はヨーロッパで大流行していました。さて、その背景となる世界の情勢を少しだけ見ていきましょう。

1299年に建国され、1922年まで続いたオスマン帝国は長い間最強のイスラム王朝として地中海領域に君臨していました。オスマン帝国の支配者はトルコ人で、現在のトルコ共和国はオスマン帝国の後継国家です。巨大な帝国であったためヨーロッパやキリスト教文化圏との関係も深く、1529年と1683年に当時の神聖ローマ帝国の最重要都市であるウィーンを大規模な攻撃で包囲するという戦争を起こしています。

2度ともウィーンは防衛に成功していますが、オスマン帝国の攻撃は苛烈でした。そのオスマン帝国の軍隊の特徴に、メフテルと呼ばれている軍楽隊を率いて、ラッパと太鼓による勇ましい音楽で軍隊を鼓舞し、また敵を威嚇する、というものがあります。メフテルはアラビア音楽の系譜を持ちヨーロッパの人々にとっては異国情緒を感じさせるもので、また非常に勇ましい音楽であり、ヨーロッパの軍楽にも徐々に取り入れられていきます。

さらに1700年代に入るとオスマン帝国はヨーロッパやロシアなどに対して融和的になり、メフテルの楽団をポーランドやロシアに贈呈するなどしています。こうして、トルコ風の音楽はヨーロッパで大流行することになります。

そんな中で流行歌や童謡も積極的に自身の楽曲に取り入れていたモーツァルトが、トルコ風軍楽、すなわち「トルコ行進曲」を書いたというのは自然な流れでした。

力強い4拍子とアラブ風の旋律

では、実際にモーツァルトのトルコ行進曲を聴いてみましょう。

楽譜上では2/4拍子となっていますが、

ドン、ドン、ドンドンドン

という力強い4拍子に乗せて、異国情緒のある旋律を奏でていることがわかります。

この4拍子はトルコの伝統的な太鼓であるダウルの模倣です。

また、長調への転調が起きたところでも、同じリズムが使われており、ピアノで弾いただけでも、太鼓とラッパの音がけたたましく鳴っているところが想起される音楽になっています。まさにメフテル!といった感じの音楽ですね。

また、旋律に使われている16分音符の速い動きは、トルコの伝統的な楽器であるズルナのようです。ズルナはダブルリード管という構造の木管楽器で、オーボエやファゴットの原型です。明瞭な音で遠くまでよく響くのが特徴です。

こうしてトルコの音楽と照らし合わせてみていくと、モーツァルトのトルコ行進曲に少し違った風情を感じる方も多いのではないでしょうか。優美で格調高い音楽というよりかは、粗削りで異国情緒があふれる力強い音楽ですね。

1楽章との対比

冒頭で、トルコ行進曲は「ピアノソナタ11番」の3楽章であると述べましたが、実はこのピアノソナタ11番は非常に特殊な構造をしています。通常ピアノソナタというと、3楽章か4楽章形式で、1楽章は雄大であったり華やかであり、ソナタ形式という形式に従った音楽であることが多いのですが、この曲は1楽章が変奏曲という形式になっており、これはかなり異色な作品です。

1楽章が異色な作品といえば、ベートーヴェンの「月光ソナタ」を以前紹介しました。

様式を外れた型破りのソナタ「月光」(ベートーヴェン)を解説!

「ピアノソナタ11番」の1楽章はシチリアーノと呼ばれる、シチリア風の音楽をもとに作曲されています。シチリアーノは6/8拍子または12/8拍子のゆったりとした音楽で、素朴な旋律が特徴の音楽です。この変奏曲は最後の変奏こそ華やかですが、全体を通してゆったりと落ち着いており、1楽章としてはかなり異色の曲になっています。

そして、1楽章にゆったりとした音楽があることで、3楽章のトルコ行進曲が際立つように構成されており、モーツァルトの構成力を感じさせます。

自筆譜について

曲の内容からは離れますが、2014年に音楽界に衝撃のニュースが飛び込んできました。それまでは、このピアノソナタ11番のモーツァルトの自筆譜は最後のページしか見つかっていませんでしたが、ハンガリーの図書館で、新たに4ページ分の自筆譜が発見されました。

新たに見つかった部分

自筆譜を元に作成されたと考えられる初版の楽譜には、あきらかにミスであろうと思われる箇所や、和声学的に考えて不自然な点などがあり、後世の出版社たちを悩ませてきました。そのような点に関してモーツァルトの意図を読み解くには自筆譜にあたるのが最も良いわけですから、モーツァルト研究者にとっては嬉しいニュースでした。

細かく照合していくことによって、初版の楽譜のミスとされていた部分が、従来の解釈と異なる形でモーツァルトが作曲していたことが次々と明らかになっています。

3楽章のトルコ行進曲の前半や、1楽章の冒頭など、まだ見つかっていないページがあり、さらなる続報が待たれるところですね。