これからヴァイオリンを始める人が知っておきたい、傑出した歴史的ヴァイオリニスト6人をまとめています。
全員の演奏を聴くことができるので、巧みな技に酔いしれましょう。

明日からの練習のモチベーションがアップすること間違いなし。


ダヴィッド=オイストラフ

1908年ウクライナ生まれ。
建国されたばかりのソビエト連邦を代表するヴァイオリニストとして、ロシア・東欧中でリサイタルを行いました。
第一回のエリザベート王妃国際音楽コンクール(当時は前身のイザイ国際コンクール)で優勝。
彼と一緒に入賞した東欧の3人は、スターリンの大粛清が行われる政治状況下でキャリアの中断を余儀なくされるなど、非常に難しい時代の活動でした。
オイストラフ自身は冷戦の1950年代に例外的に入国を認められて、アメリカやイギリスなど西側諸国での公演も行っています。

ヴァイオリンを弾くことを彼ほど簡単な芸当に見せられた人は他にいません。
スタッカートを演奏するときでも全く手元が固くならず、ポジション移動の難しいところも極めて優雅な動作に見えます。

ヤッシャ=ハイフェッツ

1901年リトアニア生まれ。
早熟の天才で、ごく幼い頃から、最高の反射神経をもって楽器を奏でることができました。
19歳のころにはすでに音楽誌に「神に嫉妬される存在」として書きたてられ、その後タワーレコードから67、RCAから46、ナクソスから78と、恐るべき量のレコードを生涯に渡ってリリースすることとなりました。

後年は体調を損なって積極的な音楽活動ができなくなり、社会的活動に精力を注ぎます。
国中にエマージェンシーコール(911)を普及させることを個人的使命としたほか、アメリカが環境問題に注目する遥か前、1967年にはすでに自らのルノーをバッテリー車に改造していました。

フリッツ=クライスラー

1875年オーストリア生まれ。
表情豊かなメロディのフレージングと熱情的なビブラートで、聴けば彼のものとわかるような独特な演奏を特徴としました。
1925年にはTIME誌の表紙を飾り(http://content.time.com/time/covers/0,16641,19250202,00.html)、コメディ映画“The king steps out”のサウンドトラックも制作するなど、ヴァイオリニストとしてやや異色となる幅広い仕事を残しています。

1917年カーネギーホールにて。左上がクライスラー。

ユーディ=メニューイン

1916年にベラルーシ移民の子としてニューヨークに生まれ、幼少期から神童として頭角を現しました。
英国を代表する作曲家エルガーが75歳の誕生日を記念してCDレコーディングを行った際には、当時16歳であったにも関わらず、演奏者として驚愕の大抜擢をされています。

ナタン=ミルシテイン

1903年ウクライナ生まれ。
傑出した超絶技巧の持ち主でしたが、それを前面に押し出すのではなく、美しく艶のある音色をそっと奏でる優美な演奏スタイルを特徴とするプレーヤーでした。

世界的ピアニストとなるホロヴィッツと意気投合し、チェリストのピアティゴルスキーを加えたトリオは「ミリオンダラー・トリオ」としてアメリカ音楽界を席巻することとなりました。

アイザック=スターン

1920年ウクライナ生まれのユダヤ系ヴァイオリニスト。
20世紀の音楽家バルトーク、レナード=バーンスタイン、などの作品をアメリカで初演したほか、プロコフィエフ、ストラヴィンスキーの作品の普及にも尽力。
室内楽にも幅広い関心を示し、音楽文化全体の振興に多大な貢献を残しました。
1960年、ニューヨークのカーネギーホールの取り壊しが決まったときには、ホール保全運動の代表となり、歴史上初めてニューヨーク市に保全のために建物を買い上げさせることに成功しました。
その後は長く同ホールの館長を務めることとなります。
中東問題にも関心が高く、湾岸戦争時の公演では空襲警報が鳴るなか観客がガスマスク着用でスターンの演奏を聴く様子が映像に残っています。