ヴァイオリンの弓のつくり

ヴァイオリンの弓はどのような構造でできているのでしょうか。
スティックの根もとには「フロッグ」(または毛箱)と言われる黒い箱状のものが取り付けられており、これがスクリュー(ねじ)をまわすことによって、毛を張る方向、緩める方向へと動きます。

手で握る部分はパッド(または「サムグリップ」)、弓の先端の幅の膨らんだ部分はヘッドと呼ばれます。
ヘッドはあちこちにぶつけてしまいやすいうえ、毛の端を差し込むための穴が空いていて、ここが割れると次の差し替えに支障をきたします。
なので、この部分を保護するために、硬い材質でできた「チップ」が上から貼り付けられた形になっています。

パッドの上の部分には金属の線が巻きつけてあって、弓の重心が演奏しやすい位置になるように精密に調整されています。
現代の弓では、基本的に弓の重心は根もとから19cmのところに置かれます。
これが中心によりすぎると重たくて手に負担のかかる弓になり、根もとに寄りすぎると細かい動きをコントロールしにくい弓になってしまいます。

年代物の弓を買い付ける場合には、巻きつけてある線を調整することによって、より演奏しやすい重心へと調整する改修が行われることもあります。

弓の重さは平均では60グラムくらいですが、ものによって数グラムの開きがあります。
ごく小さなピアニッシモの音を演奏するのに重い弓では弾きにくいといったことがあり、好みと演奏シチュエーションによって選定されます。

スティックはブラジル産のフェルナンブーコという木から作られたものが高級品とされてきましたが、過剰な伐採で絶滅が危惧され、現在は国際取引が禁止されています。
いま流通しているフェルナンブーコ材の弓は、2007年より前に買い付けられた木材で作られたものです。

現在は一般のプレーヤーが使用するものとしては、その他の品種の似た木から作られた弓や、人工のカーボンファイバーによる弓が流通しています。

弓の歴史

楽器本体と同じように、弓もまた時代によってその形を変えてきました。
ヴァイオリンが誕生する以前にヨーロッパで用いられていた、「レベック(rebec)」という形の似た楽器がありますが、その弓は非常に簡易的な構造をしたものでした。

長さはおよそ20-30cmと短く(現在のものは73cm)、また持ち方も現代とは違って、そのまま自然に握るような使い方がされていたようです。

1500年代オランダの絵画に残る、ごく簡単なつくりをしたレベックの弓

この頃の弓では弓をしっかりピンと張る仕組みはなく、取り外しできるチップに毛をとめてから、根もとまで引っ張ってとめるようなごく簡易的な張り方をしていました。

その後、根もとにつけたネジを回して張り具合を調整する仕組みが考案されたことを皮切りに、弓の仕組みは高速で改良されていきます。
しかし、この進化の途中の弓で現存しているものはあまりありません。
弓が古くなった頃にはもっと良い性能の弓が売り出されていて、しかも修理するより買い替えたほうが安かったような時代だったので、当時は弓をすぐに使い捨ててしまうような文化があったようです。

その後弓の全長はどんどん長くなり、特にヘッドの高さが高くなることで、弓の毛のどの部分で弾いても均等な重さがかかるような改良が施されました。

1740年頃、アムステルダムで製造された弓。全長は72cmまで長くなっている。

現在の一般的な弓の形を完成させたのはフランスの職人フランソワ=トゥルテであるとされています。
彼はもともと時計職人として修行をはじめましたが、後に父のあとをついで偉大なヴァイオリン工房を営みました。

さきほど出てきたフェルナンブーコの木を採用したのも彼が最初です。
フェルナンブーコの木は基本的に非常に硬いのですが、熱することでうまく変形させることができます。
その特性を活かすことで、彼はもともと毛で引っ張られてアーチ状に湾曲しているものだった弓を、むしろ逆方向に反ったデザインに変えました。

逆方向のアーチのおかげで非常に強い張力で毛を張ることが出来るようになって、それ以降の弓では激しいフレーズでも豊かな音量で演奏することができるようになっているのです。

松ヤニを塗るわけ

真新しい弓は、そのままヴァイオリンの弦にこすりつけても音を鳴らすことができません。
それは、弦と毛の摩擦がほとんど無いためです。
馬の毛にはキューティクルがありますが、これは弦をひっかけて振動させるほどに高いものではありません。
しかしここに、樹液から製造された松ヤニを塗りつけることで粘着力が増し、毛が弦をしっかりつかんで引っ張っていき、ある程度行ったところで元の位置に戻る運動を繰り返します。
これがヴァイオリンの音を生み出します。

原料の種類や採取された季節によって、松ヤニは明るい色のものと暗い色のものにわかれます。
ヴァイオリンやヴィオラの演奏に使われるのは基本的に、より密度や粘り気が少ない明るい色の松ヤニです。

入門用の選び方

冒頭に触れたフェルナンブーコは、削る刃がすぐに潰れてしまうほどの硬木です。
高級な弓の第一条件は、密度の高い木を原料としていることと言われます。密度が高い木はかなり細く削り出しても強度がしっかり保たれるため、非常に軽い弓をつくることができます。

上達するほどに、このような重さやスティックの腰の強さ、重心の位置を細かく見極めて、最高の弓を選ぶ必要が出てくると思います。
しかし、初めてヴァイオリンを練習する方であれば、3,000から9,000円程度で練習に十分役目を果たすような弓を手に入れることができます。

初心者の方にぜひ検討していただきたいのはカーボンファイバーで作られた軽い弓です。
木製の弓は温度や湿度によって反りの状態が大きく変わってしまうという特性がありますが、カーボンの弓は全く影響を受けません。

また、弓は練習に熱中しているうちにどこかにぶつけて破損してしまうこともありますが、そのような心配もしなくて済みます。最初の一本には十分おすすめできる弓と言えます。

弓の張り方

「弓の中心部分で、毛とスティックの間がスティック一本分より少し開くくらい」が目安です。
実際にボウイングをしたときに、スティックが弦に直接当たってしまう場合は緩すぎています。毛の痛みが早くなるので、しっかり弓を張るようにしましょう。

毛の張り具合は季節に大きく影響されます。乾燥する冬は勝手に弓がピンと張って、場合によってはスティックが折れてしまうこともあります。
逆に湿度の高い夏場は、いくらスクリューを回しても毛がきちんと張ってくれないこともあります。
無理にスクリューで調整するよりは、加湿器や除湿機も活用して、部屋の環境をある程度一定にコントロールすることが理想的です。

より詳しい張り方はこちらのガイドで学習できます。

弓はどれくらいで消耗する?

ヴァイオリンの弓では、割れたり傷がついたりしない限り、一度使ったら価値が下がるという考え方はされません(毛だけはすり減ってしまうため消耗品とされます)。
お手持ちの弓でも、少しの心がけで弓の寿命を大きく伸ばすことができます。

毛を汚れた手で触らないようにし、また使用後は毎回少しだけスクリューを回して毛を緩めます。
新品の弓を買った場合は、最初に多少毛が切れたりすることがありますが、その場合は手で抜いてしまわず、慎重にハサミで切れた毛だけを切って取り除くようにします。

練習量によりますが、初心者の方でも1年〜1年半くらい経つと毛がすり減ってきて、弾くときに弓が横滑りするようになってきます。
入門用の弓であれば、そのくらい経ったら本体ごと新しいものへの交換を考えるのがおすすめです。