クラシック音楽を聞きこんでいくと、あれ?この旋律どこかで聞いたな、と思うようなことがたくさんあります。特に流行りの旋律は多くの作曲家によって取り入れられて、オリジナリティ溢れる編曲がなされます。知っている旋律ということで親しみやすく、またその作曲家の個性を知ることにもつながります。そんな流行りの旋律を挙げていきましょう。

グレゴリオ聖歌より「怒りの日」

グレゴリオ聖歌は、キリスト教の儀式の典礼文を語るときに乗せる旋律です。マイクの無い時代に、広い教会で多くの人に言葉を伝えるためにできたものだと考えられますが、その旋律が素朴ながら非常に美しいことで、西洋音楽の原点として大切にされてきました。

キリスト教における最後の審判とは、世界の終末に全ての人が復活し、そして天国に行くか地獄に行くかを審判されることを言います。

この場面はグレゴリオ聖歌では「怒りの日」として歌われます。

Dies irae, dies illa

怒りの日、その日は、

Solvet saeclum in favilla:

地上が灰となる日である。

Teste David cum Sibylla

ダビデとシビラの預言のとおり。

Quantus tremor est futurus,

何と恐ろしいことであろうか。

Quando judex est venturus,

審判が来て、

Cuncta stricte discussurus.

厳格に裁かれるということは。

この旋律はシンプルながら力強く、また象徴的であることも相まって多くの作曲家に用いられてきてました。その先駆けが、ベルリオーズの「幻想交響曲」です。

この「幻想交響曲」以降、この音型自体が象徴的で多くの曲に用いられてきたため、影響を受けた曲ば膨大になってしまいますが、もう一つだけ例を挙げておきます。

イザイの「無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番」はバッハの「パルティータ3番前奏曲」と「怒りの日」が用いられ、鬼気迫る掛け合いを見せます。タイトルは「強迫観念」となっており、その気迫に圧倒されます。

バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番よりシャコンヌ」

シャコンヌはバロック舞踊の一つで、ゆったりとした三拍子で2拍目にアクセントがくることが特徴的なリズムを持ちます。バッハは、ヴァイオリンソロのために8小節の主題を30回変奏し、また主題が戻ってくるという長大な変奏曲として構想されたシャコンヌを書き上げました。ヴァイオリン1台とは思えないほどの重厚な音楽で、様々な楽器用に編曲されました。メンデルスゾーンやシューマン、ブラームスといった大作曲家がこぞって編曲しているほか、ブゾーニによるピアノ用の編曲は高い評価を得ています。

ブゾーニの原曲に忠実な編曲ではありますが、ピアノが最大限鳴るような工夫がされており、原曲がヴァイオリンソロであることを忘れてしまいそうなほどです。

パガニーニ「24のカプリス」より第24番

悪魔に魂を売り渡したヴァイオリニストとの異名を持つパガニーニは、1782年生まれのイタリアのヴァイオリニスト・作曲家です。人間離れした技巧を持ち、ヴァイオリンの演奏表現を大きく広げ、現代のヴァイオリン奏法の基礎を作った人です。また、作曲家としても活躍し、パガニーニの生み出した旋律は多くの同時代の作曲家を魅了しました。リストの有名な「ラ・カンパネラ」もパガニーニの作り出した旋律ですね。

今回紹介するのは、パガニーニの代表作である、ヴァイオリンソロのための「24のカプリス」より第24番です。変奏曲形式となっており、トルコ行進曲風の小気味良い旋律です。

この曲もリスト・ブラームス・ラフマニノフといった多くの大作曲家に編曲されています。

このラフマニノフの編曲は、ピアノ協奏曲(ピアノとオーケストラが対等に演奏する)のような形式を取り、24個の変奏を持ちます。特に第18変奏は有名で、これだけで単独で演奏されることもあります。(15:00より)

なお、この曲の最後には「怒りの日」も使われていますね。

もう一つ有名な編曲を挙げます。ポーランドの作曲家ルトスワフスキによる2台ピアノのための編曲です。

ポーランドの作曲家ルトスワフスキによる編曲も有名です。よりモダンな響きとなり、様々なアイディアが自由に張り巡らされています。

ラ・フォリア

フォリア(folia)とは、「狂乱」を意味するスペイン語で、3拍子の舞曲です。決まった和声進行を持っており、コレッリが「ヴァイオリンと通奏低音のためのラ・フォリア」を書いたことで、爆発的に人気がでました。

リストはピアノ曲「スペイン狂詩曲」の中に「ラ・フォリア」の旋律を使った変奏曲を取り入れたほか、ラフマニノフのピアノ曲「コレッリの主題による変奏曲」は非常に有名です。

リストの「スペイン狂詩曲」は前半は「ラ・フォリア」、後半は「ホタ・アラゴネーサ」という二つの舞曲が使われており、約20分もある大作に仕上がっています。

個性あふれる編曲

リストやラフマニノフといった作曲家たちは、多くの有名な曲の編曲をのこしています。原曲に忠実に従った作品もありますが、それ以上に創造力の豊かな個性溢れた編曲が数多くあります。

昔から演奏されてきた有名な曲を当時の新しいスタイルに取り入れると、親しみやすさと、新しい響きに出会う喜びという相反するようにみえる二つに同時に出会うことができます。

また、名曲は誰でも弾きたくなるものですが、そのまま他の楽器に移すだけでは楽器の魅力が全く活かされない演奏になってしまいます。ところが、楽器を知り尽くした作曲家によって編曲されると、原曲の魅力を失わずに、新しい魅力も見出されていきます。

中には原曲よりも有名になってしまった編曲もありますが、それだけの可能性を秘めている素晴らしい旋律だったということができます。

まだまだ多くの作曲家がこぞって編曲した素晴らしい旋律はたくさんありますので、ぜひ探してみてください。

カナダのピアニスト・マルカンドレ=アムランは、12の練習曲として1番から11番はそれぞれある作曲家をオマージュした作品おなっており、編曲の楽しさを味わうことができます。