なんとなく特徴的な記号をしているフェルマータは、古くから使われている記号で、多くの意味があります。根強い誤解としてフェルマータは「長くのばす」の意味だというものがありますが、結果的に長くのばすことになっても、実際の意味は違います。今回はフェルマータについてじっくりと見ていきましょう。
フェルマータの語源
フェルマータはイタリア語で「Fermata」と書き、動詞「fermare」の活用形です。「fermare」は、英語の「stop」にほとんど対応していて、
・止める
・停止させる
・中断する
という意味があります。他にバスの停留所も、英語は「stop」で、イタリア語は「fermata」です。
「stop」には無い意味としては、
・固定する
・予約する
・抑える
などがあります。「fermareした後は一時的に動かなくなる」というのが大元の意味と捉えることができます。
このことから、フェルマータは曲が中断するところ、もしくは曲の終わりなどに書かれるようになりました。
なお、各国で読み方が少し異なることがあります。
たとえば「Fermata」の語源の言語であるイタリアでは「Corona」(イタリア語で「円形の冠」の意味)と呼びます。これは、フェルマータの記号が冠のようだからですね。
フランスでは「Point d’orgue(ポワンドルグ)」と呼びます。これは「オルガンの点」の意味で、この記号でオルガンのペダルをのばし続けたことに由来します。
スペインでは「Calderón」と呼びます。この由来は文章の段落記号「¶」の名称「Calderón」から来ていると思われます。区切りを表すのですね。
フェルマータの4つの意味
フェルマータには大きく4つの異なる使い方があります。よく使う順に見ていきましょう。
①拍の停止
②曲の終わり
③協奏曲のカデンツァ
④コラールのフレーズ区切り
①拍の停止
もっともよく見るフェルマータです。フェルマータの記号があったところで、演奏中に感じていた拍を手放して停止します。
音符にも休符にも書かれることがあります。
ベートーヴェンの「エロイカ変奏曲」の冒頭を見てみましょう。1小節目と、2段目の4小節目にフェルマータが書かれています。
1小節目のフェルマータでは、ffでジャーンとオーケストラのような音が鳴り響きます。そして、拍を数えません。良い頃合いを見計らって、次のppの小節に入っていきます。ppからはマーチとなるので厳格に拍を感じることになります。
2段目には小節休みが2回ありますが、ここでも厳格に拍を感じる必要があります。4小節目に突如pの付点四分音符にフェルマータがついています。これも拍を数えるのを止めて、付点四分音符を意識しないようにします。結果的に付点四分音符よりも長くなりますが「付点四分音符より長く演奏する」という意識ではなく「ここで停止する」という意識で演奏すると素敵です。また、その小節のppの八分音符から切り替えて拍をしっかり感じると、このように単純な旋律だけで出来ている音楽でもメリハリのある演奏をすることができます。
②曲の終わり
歌曲で良く使われるアリア・ダカーポ形式は、A-B-Aという形になります。伝統的には、
A・フェルマータ・B・ダカーポと書くことで、A-B-Aの順番で演奏します。拍の停止のフェルマータと混同しやすい場合や、古典派以降の楽譜にはこのフェルマータには「Fine(フィーネ)」と添えられることもあり、
・曲の冒頭(A部分の開始)
楽譜を最後まで演奏したら、ダ・カーポでこの部分に戻ってきます。
・フェルマータ(フィーネ)A部分の終わり~B部分の冒頭
繰り返したあとはこのフェルマータで曲を終わります。Bパートの歌の開始と重なっていますが、最後は歌いません。
・ダ・カーポ(B部分の終わり)
この楽譜には丁寧にDa Capo al fermata書かれており、直訳すれば「最初からフェルマータまで」となります。
なお、曲の終わりでは徐々にゆっくりにして、最後の音はのばして終わるのが慣例となっているため、このフェルマータでも結果的に音は長くのばされることになりますが、フェルマータ自体には音を長くのばすという意味が無いことに注意してください。
③協奏曲のカデンツァ
協奏曲とは、オーケストラと楽器のソリストが対等に共演するという規模の大きい編成でできた音楽のことを指します。その曲のなかに、カデンツァと呼ばれる即興演奏の部分が挿入されることがあります。特定の和音(主和音の第二転回形と決まっています)が鳴らされたあと、オーケストラは完全に止まり、楽器のソリストが即興演奏を始めます。そして、上主音のトリルを長く続けたら、それが即興演奏の終わりの合図で、最後オーケストラが戻ってきて曲が終わる、というのが伝統的な形です。
この即興演奏部分は、オーケストラは休符に、ピアノは上主音のトリル上にフェルマータを書いて表します。
時代が進むにつれて、即興演奏が得意でないピアニストがカデンツァの楽譜を書き起こしたり、作曲家自身によってカデンツァが書かれることも多くなりました。その際も、オーケストラが休止する部分にはフェルマータを書きます。協奏曲ではない小編成の曲や、ピアノソロの曲であっても、即興的に演奏する部分が挿入される場合、そこにフェルマータが書かれることがあります。
④コラールのフレーズ区切り
そして、一番馴染みが少ないと思われるのが、コラールのフレーズ区切りです。コラールとは、四分音符のリズムを基本として合唱で和音を歌うようなものを言います。コラールでは慣習的に、歌詞のフレーズで区切られるところにフェルマータを書きます。
このフェルマータはフレーズの区切りのみを表すため、ここで音をのばしたり、拍を止めるようなことはありません。ただし、細かい音符にフェルマータがついている場合や、指揮者の解釈によってはこのフェルマータで停止することもあります。
その他のフェルマータ
ここまでに挙げた4つのフェルマータの使い方が、慣習的なフェルマータとなりますが、作曲者によってはもう少し自由に使われることもあります。いずれにせよ、「停止」を意味すると思っておけば間違いありません。
コンマの上のフェルマータ
コンマは息継ぎをするという意味の記号で、拍にはない時間を取ることもある記号です。そこにフェルマータが付くことによって、息を吐ききって静止したあとに改めて息を吸って続きに入るということが直感的に示されています。
小節線上のフェルマータ
また、フェルマータは小節線に付くこともあります。特に大曲の終わりで余韻をのこしたい時などに使われる傾向があります。これは①拍の停止と②曲の終わりのフェルマータの混合のような意味合いになります。
その他の場合には、次のような突然の休止として使われる場合があります。
休符無く次のセクションに入る時に、音を完全に無音にして止めるようなフェルマータと見ることができます。ピタッと止まる感じが、まさに「fermata」ですね。
ショート・フェルマータ、ロング・フェルマータ
現代の作曲家たちの中には、奏者の主観に依存せず、できるだけ正確に指示したいという主義を持つ者がいます。そのような場合は、フェルマータの停止時間をある程度相対的に指定できるように、ショート・フェルマータやロング・フェルマータといった記号を使います。
三角屋根の場合は短く、四角屋根の場合は長いことを表すのが一般的です。
他にはフェルマータの中の点の数を2つにして長いことを表したり、フェルマータを縦に並べて長いことを表したり、フェルマータに「1.5秒」などと具体的な時間を添える場合もあります。
これらのフェルマータは統一が取られているわけではなく、作曲家が自分で定義している場合が多いですので、楽譜の始めの説明書きを読んだり、ある程度想像しながら読み進めていきましょう。
根強い誤解「フェルマータは音をのばす」?
ここまで、フェルマータは「音をのばす」ではなく「停止」の意味だと何度も説明してきましたが、実際に中学校の音楽の教科書では「音符や休符をほどよくのばす」記号だと説明されています。実際に、フェルマータが書かれてあった場合、ほとんどが音符あるいは休符がのびることになるので、完全に間違いとも言い切れません。しかもフェルマータの日本語名は「延音記号」です。そのまま、「音を延ばす記号」ですね。
こういった事情もあり、中学校や高校の音楽の試験でフェルマータの意味を問う問題が出てきたら、あまり意地を張らずに「音符や休符をほどよくのばす」と答えることを推奨します。
ただし、音楽大学の入試だと厄介です。実際にプロとしてクラシック音楽に向き合う場合、「ほどよくのばす」という意味でないフェルマータにはたくさん出会いますし、そもそも「ほどよくのばす」という意味がフェルマータには無いからです。そのため「音符や休符をほどよくのばす」と書いた場合、減点される可能性があります。この場合は、正確に、
・拍の停止
・曲の終わり
・協奏曲のカデンツァ
・コラールのフレーズ区切り
と答えるのが良いでしょう。親切に「フェルマータの4つの意味を答えなさい」と問われる場合もあります。
アンサンブルをしていて、フェルマータの次の音が合わない時に「そうだ、フェルマータは2倍の長さで演奏することにしよう!」というのはあまり推奨できません。2倍の長さにのばすということは、拍が停止していないからです。どうしても合わせられないというときに2倍にするというのは一つの手段ではありますが、できればフェルマータでは拍を数えるのを止め、呼吸だったり、視線だったり、動作だったりでその次を合わせていきたいですね。