「変奏曲」をご存知でしょうか。数ある形式の中でも変わり種の形式となっていますが、歴史が深く、たくさんの名曲があります。作曲する側にとっては存分に個性を発揮することができ、聞く側にとっては親しみやすい「変奏曲」は多くの人を魅了してきました。

変奏曲とは

変奏曲とは一つの主題を様々な手法で変奏していく曲のことです。変奏曲の歴史は古く、16世紀にはすでに盛んに作られていました。有名な旋律にアドリブを加えて演奏するということ自体はもっと以前からされていたでしょうから、変奏曲という形式は自然発生的に生まれたものと思われます。

たとえば、ジャズは、主題を全員で演奏した後、一人ずつアドリブをまわしていきますが、これも広義の変奏曲ということができそうです。

変奏曲は、正式には「主題と変奏」と言い、英語では「Theme and variations」となります。主題は自作であったり、有名な民謡であったり、他の作曲家の曲の一節であったりと様々です。主題は短いもので10秒くらいであったり、長ければ2~3分ほどかかるものもあります。いずれにせよ、聞く人にとっては主題を覚えていてこそ、その後の変奏が楽しいので、できる限り簡潔にまとめられていることが普通です。

続く第一変奏では、主題にちょっとした装飾を入れただけで、主題の原形ははっきりわかるようなものにします。第二変奏以降はさらに崩して、技術的に華やかにしていきます。18世紀以降の変奏曲では、途中で長調と短調を入れ替えたものを入れるのが普通です。さらに新しい時代になると、主題から大きく逸脱したり、他の有名な曲を取り入れたり、曲の終わりに長大なエンディングを入れたりと、自由な発想で作られています。

変奏曲の魅力は、よく知っている旋律や、単純な旋律に隠された魅力や、潜在的な可能性をたくさん教えてくれるところにもあります。この旋律がこんな音楽になるんだ!というのは感動的です。

また、即興演奏とも相性がよく、ベートーヴェンは変奏曲の即興演奏の名手だったと言います。

有名な変奏曲

有名な変奏曲を3曲紹介します。どれも長い曲ですから、全部を聞いたことがある方はそれほど多くないでしょうが、有名な変奏は一度は聞いたことがあるかもしれません。

ゴルトベルク変奏曲

ヨハン・セバスティアン・バッハの大作で、全て弾くと1時間ほど掛かります。二段チェンバロ用に書かれた曲ですが、伝説的なピアニスト・グレングールドによってピアノで演奏した録音が世界的な大ヒットとなり、以降多くのピアニストによって録音が残されたり、演奏会で弾かれています。極端に難易度が高く、弾きこなすには並大抵でない技術と集中力が必要となります。

きらきら星変奏曲

モーツァルトの作曲で、原題は「フランス民謡「ああ、お母さん。あなたに申しましょう」による12の変奏曲」となります。きらきら星のテーマが素朴に演奏されたあと、徐々に盛り上がりを見せていきます。後半は、モーツァルトの遊び心のような変奏もたくさん現れます。モーツァルトの様々な顔を楽しむことができる佳作です。

パガニーニの主題による狂詩曲

ロシアの作曲家ラフマニノフによる、ピアノとオーケストラのための曲です。パガニーニはイタリアの作曲家・ヴァイオリニストで、悪魔に魂を売り渡したとも言われるほどの技巧を持ち、代表作「24の奇想曲」はヴァイオリニストにとって避けては通れない曲集になっています。その「24の奇想曲」の第24番も変奏曲となっており、その主題は旋律の親しみやすさから人気があり、多くの作曲家に編曲されています。

パガニーニに負けずこの曲もピアニストにとって大変な難曲に仕上がっています。従来の変奏曲の枠組みを超えた自由な発想の変奏曲です。

曲の一部に使われる変奏曲

いままで見てきた曲は、独立した一曲としての変奏曲でしたが、曲の一部として変奏曲が登場する場合もあります。とくに楽章に分かれている交響曲やピアノソナタのような作品、あるいは組曲の一曲として変奏曲が挿入される場合があります。

たとえば、有名なモーツァルトの「トルコ行進曲」は「ピアノソナタ11番」の3楽章ですが、1楽章は変奏曲となっています。

最も有名なピアノ曲「トルコ行進曲」はなぜトルコ風?

また、ベートーヴェンの「交響曲第3番:英雄」の第4楽章は、冒頭が変奏曲となっており、いつの間にか変奏曲を脱して自由な形で展開される、という珍しい形式をとっています。変奏曲は音楽の流れを追いやすく、また曲の盛り上がりをコントロールしやすいことから、曲のクライマックスを効果的に作ることができます。

変奏曲の”ヴァリエーション”

変奏曲にも様々な派生形があります。西洋音楽はそもそも、「主題を展開していく」という手法で作曲されることがほとんどなので、大雑把に言ってしまえばどんな形式も変奏曲の一種と考えることができてしまいます。そのため、様々なスタイルの音楽に変奏曲的な手法が取り入れられることになります。

パッサカリア・シャコンヌ

パッサカリアは、バス・オスティナートと呼ばれる8小節ほどの低音の旋律を何度も繰り返しながら、様々な変奏をしていくゆったりとした3/4拍子の舞曲です。似た形式にシャコンヌもあります。バッハは規模の大きいパッサカリアを何曲も作り、重厚な大作としてのパッサカリア形式を完成させました。

二重変奏曲

変奏曲は1つのテーマをどんどん展開していくことによって音楽を作る手法ですが、テーマを2つにする例もごくわずかながら存在します。有名なのはハイドンの「アンダンテと変奏曲」で、短調の主題と長調の主題が提示されたあと、それぞれが交互に変奏されていきます。短調の主題と長調の主題を合わせて一つの主題と考えればただの変奏曲ですが、展開のされ方が短調と長調で異なるため、二重変奏曲と考えられます。

変容

特定のテーマを使い、様々な変奏を見せつつも、各セクションが途切れず繋がっており、連続的に聞こえるような形式を「変容(メタモルフォーシス)」と呼ぶことがあります。最も有名なのは、ドイツの作曲家ヒンデミットによる「ウェーバーの主題による交響的変容」で、変奏曲のようにも聞こえますが、変奏曲ほど各変奏の切り替えがわかりません。

ミニマル

主題となる断片を何度も繰り返して変化を持たせることで音楽を構成していく音楽のことをミニマル音楽といいます。変奏曲とは大きく異なりますが、一つの主題を変化させながら音楽を作っていくという意味では変奏曲の一種と呼べるかもしれません。

スティーヴ・ライヒはミニマル音楽の代表的な作曲家です。「Different Trains」は8音からなる断片を何度も何度も繰り返しながら、テープ録音された言葉に沿って旋律・和声・リズムを作って音楽を展開していきます。