みなさんは、現代音楽(コンテンポラリー・ミュージック)という区分をご存知でしょうか。いわゆる西洋クラシック音楽の系譜を継ぐ、1945年から2020年ほどの音楽のことを指します。

【5分で分かる】西洋音楽史を知ろう

まさに今を生きる音楽ですが、同時に接する機会も少ない音楽でもあります。純粋な現代音楽にはなかなか触れられませんが、現代音楽の技術や精神性は、映画音楽やゲーム音楽、サウンドエフェクト等に使用される他、ポップスやジャズにも取り入れられており、今日の「人の作り出す音や音楽」の基礎を作っているといえます。

歴史

西洋史は権威の歴史です。そして、西洋音楽史もまた、権威とは切り離すことができません。18世紀の音楽は貴族文化が中心となっており、その時の音楽の中心的なテーマは形式美だったと言えます。これが古典派の音楽です。そして1789年のフランス革命をきっかけに、徐々に音楽の権威も民衆へと寄っていきます。そして、恋愛・羨望・畏怖・幸福といった、人間の感情がテーマになりました。これがロマン派の音楽です。しかし、20世紀になって、ロマン派の音楽は人間の感情を表現するには整合性が取れすぎていました。人間の内面はもっと複雑であり、不均衡であるはずです。そこで、ロマン派にあった音の秩序の1つである「調性」を捨て去ることで、より複雑な表現を模索しました。これが表現主義音楽です。

シェーンベルクが1912年に作曲した「月に憑かれたピエロ」です。歌ではなく語り手が抑揚とリズムを守って話すという変わった奏法が採用されています。

また、20世紀初頭は世界中の文化の交流が始まった時代でもあり、たくさんの語法を吸収していきました。20世紀前半の音楽を近代音楽といいますが、表現主義音楽以外にもたくさんの主義が現れ、音楽界自体が複雑化していきます。

抽象主義の創始者とも言われるカンディンスキーの「黄・赤・青」です。楽譜のようなアイディアもあり、音楽的な絵画と言われることもあります

1945年は人類史にとっても大きな転換点となった年です。科学や技術の発展が人類史上最悪の戦いを引き起こしました。そしてそれが一旦の終結を見せると、科学と技術は世界の文化をつなぐ架け橋として使われるようになります。ところが、音楽にも科学や技術の発展の影響が出てくと、音楽の可能性が広がりすぎてしまい、収拾が付かなくなってしまいます。そこで、多くの音楽家たちが、「音楽とはなにか」を模索するようになりました。これが現代音楽です。複雑怪奇に見える現代音楽ですが、「音楽とはなにか」という視点で見ていくと、すっきりすることでしょう。

現代音楽の分類

「音楽とはなにか」を主題として、現代音楽の一部の流派を分類してみました。対立する流派もあれば、共通点が多い流派もありますが、やはりどの流派も作曲家による「センス」による部分が大きく、この流派の音楽は良い・悪いと一概に言うことはできません。また、この曲・この作曲はどの流派なのか、ということを決定できないことも多々あります。あくまで筆者の個人的見解を多く含む指標の一つとしてご覧ください。

その流派の歴史的にも重要な曲を挙げましたので、聴きながら読んで頂ければと思います。

「音楽とは秩序である」…セリエリズム

前項でも述べた表現主義は調性を破壊しましたが、音楽を組み立てるために新たな秩序を必要としていました。そこでオーストリアの作曲家シェーンベルクによって作られたのが12音技法です。(ここはまだ近代の音楽です)

1オクターヴの中に含まれる12個の音を、中心音を持たないように秩序付けて、音組織を作ります。この音組織にいくつかの操作のアイディアを加えて音楽を構成していきました。これにより、調性が無い音楽でも長大な曲として構成することが可能になりました。

フランスの作曲家メシアンは音の高さだけでなく、音の長さ、音の強さ、発音方法などその他の要素も操作可能な列(セリー)として扱いました。このように、音楽のあらゆる要素を秩序立てて構成していくという手法はメシアンの弟子ブーレーズに受け継がれ、セリエリズムとして発展していきます。

ブーレーズの代表作「ル・マルトー・サン・メートル」です。前に挙げた「月に憑かれたピエロ」に強く影響を受けた作品で、セリエリズムを高度に使いこなしています。

分析困難なほど複雑化することもありますが、作曲家が秩序付けて音を操作していくというものが音楽であると結論付けたわけです。

セリエリズムは、音の要素を分解して秩序付けていくという一面があるため、音とは何か、という研究は必須になります。これは後に紹介するスペクトル楽派とも共通してくる課題となります。

「音楽とは音である」…スペクトル楽派

音楽を構成する一番の主体は音です。そこで、音とは何なのか、ということを徹底的に理解する必要があります。音とは発音体が振動し、空気を媒介して人の耳まで伝わり、柔毛を震わせ電気信号に変えられ、脳に到達する、という経路をたどります。その中で、空気の振動の仕方というのは、技術の発展によって、コンピューター上で解析が可能となりました。持続する音は、純音という最もシンプルな音に分解することができます(フーリエ変換)。楽器の音はある音の周波数に対して整数倍の周波数を持つ音(倍音)を多く含んでいますが、非整数倍の音も同時に含んでいます。そのような分解した一つ一つの音のことを「部分音」と呼びます。部分音を取り出し、それに秩序付けて操作を加えることによって作曲する手法はフランスの作曲家グリゼーによって確立されていきます。

グリゼーの「音響空間第三番:部分音」です。トロンボーンの音をスペクトル解析し、その部分音を各楽器に当てはめていくという手法をとった作品です

どのように秩序立てているのか、というのはセリエリズムとも共通する課題となり、楽派は違っていても、多くのことで共通しているのはおもしろいことです。

「音楽とは聴覚体験である」…前衛主義

おそらく現代音楽の中でもっとも有名な曲は、アメリカの作曲家ジョン・ケージによる「4分33秒」でしょう。ピアノで演奏されることが多い曲ですが、改訂版では特に楽器の指定もなく、ただ休みの指定のみがある曲となっています。4分33秒間演奏者は舞台上で何もしないという異質な曲となっていますが、決して無音というわけではありません。演奏者が音を鳴らさなければ、観客の発するわずかな音、空調、あるいは耳鳴りまで様々な音が聞こえます。演奏者がそこで「4分33秒」を演奏することによって、観客は多くの聴覚体験を得ます。

このように、様々な聴覚体験を提供するために、偶然を音楽に取り入れたり、楽器そのものに手を加えたりと、通常からは大きく外れたようなアイディアを使うこともあります。これにより新しい聴覚体験を大切にするのが前衛主義の音楽です。

ジョン・ケージの「プリペアドピアノのためのソナタ第5番」です。ピアノに釘を挟み込むことにより、新たな音を作り出しています

ただし、一つのアイディアを思いついても、それだけではやはり音楽会に出せるものではないため、作曲家には構成力を大きく問われることになります。

「音楽とは反復と変化である」…ミニマリズム

何度も同じ音形やテーマを反復する、ということは古くから行われてきた音楽的な手法です。そして、これはとても魅力的な音楽です。何度も執拗に同じことを繰り返されると、トランス状態と呼ばれるような恍惚体験を得ることさえあります。そこで、アメリカの作曲家テリー・ライリースティーヴ・ライヒは、非常に小さくシンプルな音型を何度も執拗に繰り返すという手法を発展させ、ミニマリズムとして完成させました。

スティーヴ・ライヒの「18人の音楽家のための音楽」です。何度も同じ音型を繰り返しながら、ヴィブラフォンの音をきっかけに音楽が変化していきます

ただ繰り返すだけではなく、時間の変化にしたがってわずかに変形させることで構成感を得ることができます。また、変化の過程を追うことで、全く違う音楽に徐々に移り変わっていくような手法が取られたり、繰り返す音型を人の声や街の雑音といった音楽を想定していない音から取ってきたりなど、様々なアイディアが生み出されており、現在でも多くのミニマリズムの作曲家が活動を続けています。

「音楽とは様式である」…多様主義

J-Popを聴いていていきなり演歌調になったら相当な違和感を覚えることでしょう。J-Popと演歌を聞き分けることができるのは、私たちが二つの様式を知っているからです。もちろん論文を書けるほど言語化できるという人は少ないでしょうが、「なんとなくこの音楽っぽいな」という程度の様式の理解は生活する上で自然に身についているものです。そして、様々な様式の音楽を融合させることを目指したのがソ連の作曲家シュニトケです。

シュニトケの「合奏協奏曲第3番」です。バロック調の音楽が流れていたかと思うと、突如破壊されます。様式を一つの操作可能な対象として捉えていることがわかります

シュニトケはモーツァルトやバッハのような音楽と、前衛主義的な音楽と、ポップスやロックといった大衆音楽を躊躇なく融合して音楽を構成していきます。これは非常に難易度が高く、簡単に安っぽい音楽になってしまいます。それを持ち前の感性と技術で一つの作品として成立させなくてはいけません。

「音楽とは音響である」…電子音楽

スペクトル楽派は音そのものをコンピュータで解析しましたが、コンピュータ自身も音を作り出すことができます。電圧の変化を音に変換することで、様々な音色を作り出すことができる機械が「シンセサイザー」です。フランスの電気技師であったピエール・シェフェールは電子音を作り出したり、録音した音を加工することによって音楽を作り出すミュージック・コンクレートを作り出し、その後の電子音楽の礎を築きました。

ピエール・シェフェールによる電子音楽の初期であるミュージック・コンクレートの例です。今日のサウンドエフェクトでよく聴くような音も生み出されています

音楽に行き詰まりはあるか?

作曲を志す人は、これらを勉強して途方に暮れてしまうことでしょう。あまりにも膨大なアイディアで埋め尽くされており、これ以上新しい音楽を創造することは不可能なのではないか、とさえ思ってしまいます。実際、電子音楽の登場によって、どのような音でも鳴らすことが可能になっています。

さらに、ロマン派の音楽のように、音楽の純粋な美しさによって幸福感を得たり、ポップスのように個人的な記憶や感情を想起させられて感動したり、ロックのようにリズムに支配されることで興奮したり、といったような人間の心身と結びついた表現からは少し遠ざかっているようにも思います。

これを見て、音楽は行き詰ってしまったという人も多くいます。

この意見はネガティブなようですが、音楽だけで行き詰ってしまったのなら、映像や身体表現など他の分野と組み合わせてみたり、作曲家→演奏家→聴衆という流れから離れ、聴衆が自分の操作によって音楽体験を得られるようなものを作ってみたり、など、様々な可能性の萌芽の前触れと捉えることもできます。

2018年に発売されたTetris Effectはプレイヤーの操作によって音楽が作り出されます

もちろん、画期的なアイディアとセンスによって、純粋に音楽のみによって新しいタイプの感動をもたらす人もいることでしょう。

ぜひ、様々な現代音楽や、西洋クラシック音楽の系譜を継ぎながら今作り出されている音楽にも耳を傾けてみてください。