みなさんは「アヴェ・マリア」という曲をご存知ですか?「アヴェ・マリア」という言葉自体は、ラテン語のカトリック典礼文の一節です。この典礼文を用いた曲や、この典礼文からインスピレーションを受けた曲は全て「アヴェ・マリア」と呼ばれるため、古今たくさんの「アヴェ・マリア」が作曲されています。

三大アヴェ・マリア

まずは、アヴェ・マリアの中でも特に有名な、三大アヴェ・マリアと呼ばれる曲を聞いてみましょう。

シューベルト:アヴェ・マリア

シューベルトは「歌曲王」の異名を持つほど歌曲の傑作をたくさん生み出しました。そのなかでウォルター・スコットの叙事詩『湖上の美人』をもとに作曲した歌曲集の第6曲目が有名な『アヴェ・マリア』となります。もともとが叙事詩であるために、これは宗教音楽ではなく、もちろん典礼文を用いているわけではありませんが、典礼文に書き換えて歌われることもあります。

また、歌ではなく楽器で演奏されることも多い作品で、どこかで聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか。

グノー:アヴェ・マリア

グノーはフランスの作曲家で、たくさんのオペラを生み出しました。グノーの『アヴェ・マリア』は、バッハの『平均律クラヴィア曲集第1巻第1番前奏曲』をそのまま伴奏としてそれに旋律を付け、典礼文の「アヴェ・マリア」の歌詞を乗せました。バッハの曲を伴奏とするというアイディアもユニークですが、その旋律があまりに素晴らしいため、現在もよく歌われています。

この『アヴェ・マリア』もシューベルト同様に、様々な楽器で演奏されています。

カッチーニのアヴェ・マリア

カッチーニは1545年、バッハより130歳も年上のルネッサンス時代の作曲家です。伴奏に歌詞を乗せて物語を歌わせるという、オペラの原型を作った作曲家でもあり、バロック時代を切り開いた作曲家でもあります。

しかし、この『アヴェ・マリア』の作曲者ではありません。

偽作というものはどの世界にもあり、クラシック音楽も例外ではありません。この『アヴェ・マリア』はウラディーミル・ヴァヴィロフというソ連の作曲家による作品です。彼はよく過去の作曲家の名を借りて自作曲を発表していました。この曲自体は作者不詳としていたようですが、いつの間にかカッチーニの作品ということになってしまいました。

曲としては、カッチーニの作曲スタイルからは程遠く、歌詞も「Ave Maria」を繰り返すだけで典礼文は使われていませんが、今でも『カッチーニのアヴェ・マリア』として親しまれています。

クラシック音楽ではこのような大作曲家の名で作品を発表することはそれほど珍しいことでも無く、曲が優れていれば誤解があるまま有名になることもよくあることなのです。

そしてこの『アヴェ・マリア』も様々な楽器で演奏されています。

元祖「アヴェ・マリア」

三大「アヴェ・マリア」を見てみると、どれも典礼文の「アヴェ・マリア」のために作曲したものではないことがわかります。グノーの作品は典礼文を用いてはいますが、原曲のバッハの作品はアヴェ・マリアを意識して書いてはいないでしょう。

そもそも「アヴェ・マリア」はどのように成立したのでしょうか。

典礼文を歌に乗せる「グレゴリオ聖歌」というものが9~10世紀に成立し、そのなかにいくつかの「アヴェ・マリア」があります。

シンプルながら、非常に美しい旋律ですね。

典礼文は次の通りです。

Ave Maria, gratia plena,

Dominus tecum,

benedicta tu in mulieribus,

et benedictus fructus ventris tui Jesus.

Sancta Maria mater Dei,

ora pro nobis peccatoribus,

nunc, et in hora mortis nostrae.

Amen.

「Ave Maria」は、「こんにちは、マリア」を意味する言葉です。

以下はなるべくラテン語の意味に沿った訳です。

こんにちは、マリア。恵み深き方

主とともにある方。

主はあなたを選び、祝福し、

そして、あなたの体内の果実、イエスも祝福します。

聖なるマリア、神の母、

私たち罪びとのために祈ってください。

今、そしてわれらの死のときも。

アーメン(そうでありますように)

様々な「アヴェ・マリア」

それでは、典礼文を元にした「アヴェ・マリア」を見ていきましょう。「三大アヴェ・マリア」に比べてあまり知られていない作品が多いですが、「アヴェ・マリア」らしい神聖さや優しさを兼ね備えた曲となっています。

パレストリーナ:アヴェ・マリア

グレゴリオ聖歌は、西洋音楽の原点ともいえるような音楽です。ルネッサンス期のイタリアの大作曲家であるパレストリーナは、このグレゴリオ聖歌の『アヴェ・マリア』を元にして、5人のための合唱曲を作っています。

神聖で、非常に美しいですね。

このように典礼文を元にしたり、さらにはグレゴリオ聖歌の旋律を用いた「アヴェ・マリア」はたくさんの作曲家によって書かれました。

サン・サーンス:アヴェ・マリア

『動物の謝肉祭』で知られるサンサーンスの『アヴェ・マリア』です。サンサーンスは敬虔なキリスト教信者で、絵画や詩、数学・天文学・哲学に至るまで広い範囲に見識を持つ作曲家で、数曲の「アヴェ・マリア」を書いています。

リスト:詩的で宗教的な調べより第2番『アヴェ・マリア』

また、「アヴェ・マリア」という言葉のリズムが使われると、歌詞が無くてもアヴェ・マリアを象徴することがあります。

「Ave Maria」は、

Ave Maria

と、「A」と「ri」にアクセントを持つため、次のようなリズムとなります。

また、マリアは優しさや神聖さ、清らかさの象徴でもあります。神聖さや優しさをもった曲調のなかで、このようなリズムが出てきたら、もしかしたら「アヴェ・マリア」を表しているのかもしれません

あれ?この旋律はもしかして「アヴェ・マリア」かな?と思うことができると、クラシック音楽はさらに楽しくなります。