今回は非和声音とは何か、をできるだけわかりやすく解説します。

 

———

<この記事を書いたひと>

 

日比 美和子(ひび みわこ)

東京藝術大学大学院在学中に、日本学術振興会の支援を得てニューヨークのコロンビア大学大学院にて音楽理論を学ぶ。2013年、東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了。博士(音楽学)。2015 年渡米。NY、LA、SFを経て現在アーバイン在住。私立学校で講師を務める傍ら、曲目解説や CDライナーノーツの執筆、米国の主要都市でクラシック音楽のレクチャーを行う。共著『ハーモニー探究の歴史―思想としての和声理論』音楽之友社より出版(2019年)。

———

非和声音とは、旋律などを装飾するために用いられる、その時に鳴らされる和音に属さない音のこと。

 

非和声音の前にまず和音に属する音(和音の構成音)とは何かを確認しましょう。

次の譜例では□で囲まれた音が和音に属する音です。

たとえば、Cコード(ドミソ)上では「ド 」「ミ」「ソ」が和音に属する音です。

ビール:ソナチナ


西洋音楽では旋律は和音の構成音を中心に作られますが、和音の構成音のみから旋律が作られることはほとんどありません。

 

そのとき鳴っている和音の構成音以外の音が、装飾的に旋律などに用いられているとき、非和声音が用いられていると言います。

譜例では○で囲まれた音が非和声音にあたります。

 

和声学の本などには「転位音」と書かれていることもありますが、この呼び方は、一時的に隣接する音に転位する、という非和声音の特徴をうまく表していると思います。


非和声音にはたくさんの種類がありますが、ここでは主要な7種類を紹介します。

 

非和声音の多くは、一時的に緊張を与えることで音楽を豊かにするので、その後、和音の構成音に解決することが多いです。(例外もあります。)

 

主要な非和声音(7種)

 

①   刺繍音(ししゅうおん)

②   経過音(けいかおん)

③   倚音(いおん)

④   逸音(いつおん)

⑤   掛留音(けいりゅうおん)

⑥   先取音(せんしゅおん)

⑦   保続音(ほぞくおん)

 

では、順に紹介しましょう。


①刺繍音(ししゅうおん)

和音の構成音から上か下の隣の音に移動して非和声音となった後、最初の音に戻る音を刺繍音と呼びます。刺繍のように同じ音の周りを行ったり来たりするため、刺繍音と呼ばれます。

 

次の例では、Cコード(ドミソ)上に「ドレド」、「ドシド」というように非和声音が「ド」の周りを行ったり来たりしています。

クレメンティ:ソナタ ハ長調 Op.36, No.3, 第3楽章

②経過音(けいかおん)

和音の構成音から階段上に同じ方向の次の音に進み、さらに同じ方向に進んで再び和音の構成音になる音を経過音と呼びます。異なる2つの和音構成音をつなげる架け橋のような役割を果たしています。

 

次の例では、Cコード(ドミソ)上の「ド」から階段上に非和声音の「レ」が現れ、さらに進んで再び和音構成音の「ミ」が現れます。ここではさらに非和声音の「ファ」に進んだ後、和音構成音の「ソ」に行き着きます。


クレメンティ:ソナタ ハ長調 Op.36, No.3, 第3楽章

なお、2つ以上の音が経過音として現れる場合もあります。

③倚音(いおん)

和音の上で突然非和声音として現れ、隣の和音構成音へ移動する音を倚音と呼びます。ポイントは強拍の上に不協和な音があることです。

 

次の例では、Fコード(ファラド)の上に非和声音の「ソ#」や「ミ」が現れ、すぐに和音の構成音(ファ, ラ, ドのいずれか)に移ります。

ハイドン:ピアノソナタ ハ長調 Hob. XVI:35, 第3楽章


④逸音(いつおん)

和音の構成音から隣の音に移動して非和声音になった後、跳躍して次の和音の構成音に移る音を逸音と呼びます。

 

次の例では、Cコード(ドミソ)の上に非和声音の「ファ」、G7コード(ソシレファ)の上に非和声音の「ミ」が現れた後、跳躍して和音の構成音に移っています。


ハイドン:ピアノソナタ ハ長調 Hob. XVI:35, 第3楽章

⑤掛留音(けいりゅうおん)

直前の和音の音が次の和音まで伸ばされた結果、非和声音になる音を掛留音と呼びます。

 

譜例の最初の例では「ソ」の音が係留され次の和音(ファラド)の上で非和声音になっています。その次の例では「ファ」の音が係留され次のCコード(ドミソ)の上で非和声音になっています。


モーツァルト:フランス民謡「ああ、お母さん聞いて」による12の変奏曲 第4変奏

⑥先取音(せんしゅおん)

和音が変わる直前に次の和音の構成音を先取りして鳴らす時、その音を先取音と呼びます。

次の例では、和音がFコード(ファラド)に変わる直前に「ファ」が先取りして鳴らされています。


ヘンデル:オペラ「リナルド」より『私を泣かせてください』

⑦保続音(ほぞくおん)

他の声部が変化しても同じ音が伸ばされている場合、その音を保続音と呼びます。ほとんどの場合バス(一番低い声部)に現れますが、他の声部に現れることもあります。

 

パイプオルガンのペダル鍵盤で用いられたのが始まりとされています。オルゲルプンクトと呼ばれることもあります。

 

他の非和声音とは特徴が異なっていて、保続されるバスの音が非和声音ではなく和音の構成音の役割を果たし、その上で鳴る様々な音が非和声音とみなされます。

 

次の例では、「ソ」の音が伸ばされて保続音となっています。

バッハ:イギリス組曲 第3番より「ミュゼット」

ここで紹介した7種以外にも非和声音はたくさんあります。また、二つ以上の非和声音が組み合わされて登場することもあります。

 

非和声音はあらゆる音楽に見られますが、非和声音の勉強に私がおすすめするのは、モーツァルトの通称 “きらきら星変奏曲”(フランス民謡「ああ、お母さん聞いて」による12の変奏曲)を分析してみることです。



シンプルなきらきら星のメロディーが、様々な非和声音によって表情豊かに変奏されるこの曲は、非和声音の使い方を勉強する良い参考になります。ぜひここで学んだ非和声音を見つけてみてください。